2022年9月16日金曜日

「戦争のことを戦争だと言っただけで、懲役7年」'Sieben Jahre Haft, weil er den Krieg Krieg zu nennen wagte'

 「戦争のことを戦争だと言っただけで、懲役7年」:ロシアで戦争反対を唱えた人に対する弾圧について、ロシアの救援組織アナーキスト・ブラック・クロス(ABC)のメンバーに対するインタビューより(ドイツのアナーキスト新聞『草の根革命』2022年471(9月)号掲載インタビュー記事:Translated from 'Sieben Jahre Haft, weil er den Krieg Krieg zu nennen wagte', in: Grawurzelrevolution, September, 2022, Nr.471, pp.1, 4-5

〔前略〕GWRから質問:数名の活動家たちは今年の初頭にあった反戦集会、もしくはロシアによるウクライナに対する攻撃に反対するさまざまな行動を理由に逮捕されましたね。彼らのうちかなりの人びとが、「不法行為」さらには「テロ」を準備したという理由で逮捕されていました。彼らに対して裁判はありましたか。あるいは、まだ未決拘留中でしょうか。


モスクワABCからの回答:反戦行動を起こした人たちのほとんどはまだ捜査と裁判の最中です。通常ロシアでは捜査に最低でも3ヶ月かかり、その結果を検証する必要がある場合、検事局の審理が1ヶ月かかり、ようやく裁判になります。しかし夏に裁判官や弁護士が休暇を取ってしまうと審理は数ヶ月も延期されてしまいます(右:モスクワで2022年2月24日、戦争開始当日に「戦争反対」のプラカードを掲げて街頭に立つ人びと)。

対テロ法で起訴された場合、1年半の捜査期間があり、裁判は半年かかります。それ以外に、容疑者は精神鑑定を受けるために1ヶ月間精神病院送りになります。この入院は、拘置所よりもひどい状況におかれます。「患者」は自分から入浴することが禁じられ、介護者に洗わせねばならず、外部との接触は一切禁じられています。

これまで反戦行動を起こした15名に対する判決が降りています。その中のいくつかについてわたしたちは全く情報を持っていません。5件については、「国家権力に対する反抗」の判決が下されています。これは例えば警察官に対して反抗したというものであり、抗議集会の場で、あるいは、反戦のシールやメモをどこかに貼ったり、スプレーでグラフィティを書いたというケースが含まれています。さらに、22才のアナスタシア・レヴァーシェヴァについては、警察署に向けて火炎瓶を投げたという理由で懲役二年の判決が下されています。

「フェイクニュース」を広めたという理由から6件の判決が降りています。そのうち1件は罰金100万ルーブル(1万4千300ユーロ:約200万円)、2件は執行猶予、2件は重労働、1件は懲役7年でした。懲役7年はアレクセイ・ゴリノフに対する判決でした。彼はモスクワの地方議員で、「公的な地位を利用して軍隊に対するフェイクニュースを流した」という理由で起訴されたのです。ロシア当局は神経質になっていて、「第五列」、つまり自分たちの内輪にいる裏切り者については即座に嗅ぎつけます。地方議員はロシアでは実質的な力など持っていません。しかし彼の見解は普通の労働者よりは危険視されるわけです。彼は当局の代表と見なされています。捜査結果に基づけば、ゴリノフの犯罪とは、陰謀であり、憎悪と敵対心に基づき、自分の地位を利用した、といわれています。しかしこの犯罪行為とは一体何だったのかわかりますか。それを聞けば誰もが驚きます。地方議会の審議中にゴリノフは、ロシアのウクライナ侵略を戦争と呼び、「軍事的特別行動」と呼ばなかった、ということ、そして彼が、ウクライナでは子どもたちが死んでいる、と発言したことだったのです。

〔前略:GWRから最後の質問〕あなたたちは支援者に対していろいろな側面から支援をしています。そういった連帯行動には時間とお金がかかります。わたしたちはどうやって支援したらいいのでしょうか? 

〔前略〕たとえばわたしたちは6月から57才のイリーナ・ビュストローヴァを支援しています。彼女はカレリアのペトロザヴォツク(写真は、ここで2022年3月に撮影されたものWikipediaより)に住む美術教員です。戦争開始直後、彼女は、銃口をクレムリンに向けなさい、とロシア兵に呼びかけ、また、ロシア軍の行為は犯罪的だ、と訴えた投稿をSNSのVkontaktにしました。3月に彼女は、テロを擁護し、ロシア軍に関するフェイクニュースを広めた、という理由で起訴されました。イリーナは逮捕はされませんでしたが生活行動が制限され、インターネットの利用が、親戚や弁護士との連絡についても禁止されました。もちろん授業もできなくなりました。わたしたちはイリーナを支援するためにお金を集めています。彼女は精神鑑定を受けねばならず、精神病院に入院しなければならなかったのですが、その間、84才のお母さんの介護の費用もわたしたちが負担したのです。
 皆さんは逮捕された人たちに手紙を送ることで、彼らを支援することができます。しかし監獄は、ロシア語で書かれた手紙しか受け付けません。手紙にはウクライナの戦争のこと、あるいは、ラディカルな行動を訴えかける、といったことは書かないでください。手紙はabc-msk@riseup.netにも送っていただいてかまいません。わたしたちはそれをプリントアウトして届けます。
 獄中の人たちに送る食料、そして、弁護士のための費用を支払うために、金銭的な支援が必要です。ロシアの弁護士たちは無料では仕事をしてくれません。しかもかなり高額の報酬を要求するのです。

GWR:インタビューに答えてくれたこと、そして、あなたたちの偉大な連帯行動に心から感謝します。

インタビュアー:Silke、翻訳:Tanja Unger

2022年8月8日月曜日

「ゆるふわアナーキズム」の先にあるもの

 ABEMA PRIME(2022年7月4日ON AIR)では、レギュラーの出演者たちは、向島にいるみくさんによるアナーキズムを、「ゆるふわアナーキズム」と命名し、人畜無害なものとして描いていた。

 しかし、これが大きな間違いであって、「ゆるふわ」こそが、国家と資本によって形成されているこの世の「支配」を破壊する潜在力を持つ、ということはすぐにわかる。

 みくさんは、尾道市の向島で「ゆるふわ」なドーナツ屋さんを営んでいるだけのように見える。だが、こういった活動が可能なのは、目に見えない小さなコミュニティがみくさんたちを支えているからである。そして、この基盤がかなり強靱なのは、彼の発言を聞けば明らかである。

 この強靱な基盤を提供している小規模のコミュニティが、みくさんの説明する「ゆるふわ」なアナーキズムを成立させ、日々活性化させている。みくさんという個人だけに焦点を当てて理解しようとするのは大きな間違いである。

 「ゆるふわ」は、資本と国家による「支配」の基盤となる価値観、思考や態度とは全く相容れない。そして「ゆるふわ」を支えるコミュニティは、日々その価値観を強化し、確信を深め、「もう一つの世界」を自分たちの日常の中に実現し続ける。これは、人畜無害なのではない。むしろ、資本と国家を破壊するポテンシャルがそこにあると理解しなければならないのである。

 たとえば、1999年11月シアトルで何万もの人たちがWTO総会開催をさせないために路上に出たとき、スタバをはじめとするグローバル企業の店舗を破壊したアナーキストたちは、オレゴンのユージーンにコミュニティを作っていた若者たちであった。

 高円寺の「素人の乱」も同様だが、小規模のコミュニティは対抗文化を作り出し、見えないネットワークでつながりながら、ひとたび行動を起こすと凄まじい破壊力と影響力を行使する。サパティスタ、ロジァヴアがそのさきにある。

 「ゆるふわアナーキズム」こそ権力がいちばん恐れなければいけないものである。暴動や暗殺などよりも、権力が恐れ、警戒しなければならないのが、「ゆるふわ」なのである。

 幸か不幸か、レギュラー出演者の誰もがそのことを指摘しなかった。これから10年間で、日本各地に「ゆるふわ」が増殖し、資本と国家による権力をむしばんでいくのがわかったときは、もう手遅れなのである。

「パラサイト」しているのはどっちだ? Which one is "parasitic"?

「パラサイト」しているのはどっちだ?」 田中ひかる(『アナキズム』第29号、2022年8月1日)7頁掲載。

  先日、ABEMA Primehttps://times.abema.tv/articles/-/10030289というインターネットテレビのアナーキズム特集に出演した。そこでレギュラーの出演者から次のような発言があった。「行政サービスやインフラを利用するなら、それはアナーキズムではないのではないか」「それはアナーキストが国家にパラサイトしているということではないのか」。しかし結論を先に言えば、これは逆である。「パラサイト」しているのは、私たちではない。国家と資本である。

パンデミックという状況で明らかになったのは、この世の富を作り出し、世界を豊かにし、社会に平穏と秩序をもたらしているのは、国家と資本ではない、ということである。では誰なのか。それは富も権力もない、名もない人びとである。彼らによる見返りを求めない相互扶助こそがこの世の富の源泉である。国家と資本は、これらの人びとが過去から現在に至るまでに創り出してきた共有財産に寄生し、収奪し、そして占有してきたのだ。

ところが、私たちは、いつの間にか、国家と資本に依存し、それらがないと生きていけない、あるいは、どれぐらい国家や資本に依存しないで生きることができるか、などということばかり考えるようになっている。だから「国家にパラサイトしたらアナーキズムではない」などと言われたときに、一瞬言葉を失ってしまうのだ。しかしこんなうそ八百を信じてはいけない。国家と資本こそが、地球環境と私たちの社会生活にパラサイトする寄生虫でありがん細胞なのである。

そもそも「パラサイト」という言葉は、富と権力がある人びとが、そのようなものを持ち合わせていない人びとの自信を喪失させ、黙らせた上で服従させるための言葉である。いまこそ、富と権力がない人びとが、権力者たちの化けの皮を剥がすために、「パラサイト」という言葉を彼らに対して使うときなのである。私たちに「パラサイト」しているのはそっちだ、と。

2022年7月8日金曜日

広島集会の開催決定について August 6 th Anarchist Gathering will be held in Hiroshima

 2022年8月6日に、2年ぶりの広島集会を開催します。

スケジュールは以下の通りです。

1.8時前に原爆ドーム前で宣伝活動

2.10時から、デモ行進

3.13時から17時頃まで 広島市内で集会。参加を希望する方は、以下までメールで連絡をください。joh.most@gmail.com  あるいは、自由労働者連合までご連絡を。https://federaciodechifonproletoj.wordpress.com/

今年の集会のテーマ(仮):原爆投下後の「復興」と被災者・避難者による自立的コミュニティの可能性を考える

 広島市は、原爆が投下されたにもかかわらず、人びとの努力で急速に「復興」した、と考えられてきた。実態として「復興」は、行政主導であり、連合軍による占領下という状況の中で、莫大な予算を獲得することを通じて実現されたものである。
 しかしながら、このような「復興」のストーリーの中では、原爆投下後、がれきの中に家を建て、生活を始めた人びとが多数存在し、広島による「復興」という計画に基づき、彼らがその場所から退去させられたことや、それにも関わらず、1970年代に至るまで、のちに「原爆スラム」と呼ばれる、被災者や避難民たちを中心とする巨大なバラックの集落があった、という事実は忘れ去られてきた。
 今年の集会では、この問題に関してこれまで検討してきた仲間たちによる報告を通じて、これまで見過ごされてきた、バラック生活によって自立的なコミュニティを形成した、被災者・避難民に光を当て、彼らが行政の支援抜きで自立的な生活と相互扶助の実践を展開したという事実を明らかにし、戦後の広島における「復興」の歴史そのものの再検討を行う。
 今日、日本も含め、世界各地では、戦争・内戦・自然災害あるいは行政主導の都市再開発により、住居と生活を失う人びとが無数に存在する。今年の集会では、原爆投下後の「復興」という従来の物語からは見えない、一人一人の被災者・避難民の姿と、彼らの自立的な生のあり方に光を当て、行政主導ではなく、その土地に生きる人びとの主体性に基づく生活の再建とは一体何であるのか、という問題をとらえなおし、今日、グローバルな規模でアクチュアルになっている資本と国家による排除と抑圧に抵抗する「生活」という課題に、多くの示唆を与えることを目指す。

 以下は、「1」で配布予定のビラの内容です。それでは、今年の8月6日は、広島でお会いしましょう。--------------------------------------------------------------------------------------------

皆さん、ごきげんよう!

 健やかな毎日をお過ごしでしょうか。うどんそばよりあなたのおそばの『8.6広島集会実行委員会』です。ハチロクさんって呼んで下さいね。ハチキュウさんではありませんよ!! ビラを捨てずに最後まで読んで下さい!!
 さて、私たちは毎年8月6日の平和祈念式典のあり方について異議を唱えてきました。それには次のような理由があります。

ポイント1 言っているそばから戦争が進められていること

 私たちはこの平和祈念式典で強調される核兵器の廃絶、世界平和を聞くたびに不思議に思うことがあります。

 核兵器をなくした方がいい、世界中から戦争がなくなって欲しいと言っているのに、じゃあなんで呉基地があるのでしょうか。岩国基地がなんで拡張されるのでしょうか。さらには今年の2月にはじまったロシアとウクライナの戦争に乗じて改憲の機運が高まっています。憲法9条が広島・長崎への原爆投下と戦争への痛苦の反省の上にあるとされるのならば、改憲はありえないのではないでしょうか。

 今年も広島選出の岸田首相はこの広島から全世界に向けて平和アピールを発信します。みなさんもご存じのように核兵器禁止条約に後ろ向きの態度をとる岸田首相のアピールが何か言ってる感だけの中身のないものであることは明らかではないでしょうか。皆さんは岸田首相のアピールに共感できますか。

ポイント2 死者を束ねてはいけない。

 1945年8月6日の原爆投下によって約11万人、資料によっては約14万人とも20万人とも言われる人々が死亡しました。諸説ありますが、私たちはアウシュヴィッツ強制収容所150万人、南京虐殺30万人の犠牲者と言われると、まずその数の大きさに耳目を奪われてしまうことが多々あります。
 ここが重要なところなのですが、本当はそこで生きていたはずの一人ひとりの顔や名前が大きな数の中に隠蔽されてしまうことになるのではないでしょうか。

 さらに付け加えるならば、この当時広島にいたアメリカ人捕虜も日本にむりやり連れて来られた朝鮮人や中国人も、そして日本人も全部ひとまとめにしてしまうことになりはしないでしょうか。原爆投下の前ではアメリカ人も日本人も朝鮮人も中国人もみんな同列にしてもいいものなのでしょうか。

ポイント3 広島の歴史を忘れてはいけない。

 これは非常に悲しいことですが、広島に原爆が投下された時、シンガポールの人々は「これで戦争が終わった!」と歓喜の声をあげました。

 というのは、1941年12月8日未明のハワイの真珠湾攻撃と同時に広島に拠点を置く陸軍第5師団はイギリス領マレー半島に上陸します。翌年の2月15日にシンガポールを陥落させ『昭南島』に改名、時計は1時間30分進められて東京時間に合わせられました。

 4分割されたシンガポールの中部を第5師団が管轄したのです。日本軍の捕虜となり泰緬鉄道建設の強制労働を強いられた元オーストラリア兵士のアスピナル氏はこのように語ります。

「私の日本人に対する気持ちは…依然、嫌悪の一言に尽きる。もし日本人が道を歩いてくるのを見たら、ぶん殴るか、顔に唾を吐いてやりたいという抑え切れない怒りがこみあげる。もちろんそんなことはしたことがないけれど、激しい憎しみを持っていることは確かだ。それは自分でもどうにもならない気持ちだ。この憎しみは、彼らの私に対する個人的な仕打ちに対する怒りというよりは、東南アジア全域で、日本人がしたことに対する怒りである。私は日本人が嫌いだ。この気持ちが変わるとは思えない。日本語が聞こえたら私はそこから立ち去るようにしているし、日本人がいそうなところは避けるようにしている」

 平和祈念式典では広島への原爆投下の惨劇を主張することはあっても広島の軍隊によって暴力を振るわれた人々の姿に思いをはせることはありません。今もアジア各地には『Rōmusha』という言葉が残っていますが、これは日本軍が強制労働で使った『労務者』が語源です。

まとめ
 このビラもあともう少しです。最後までがんばって読みましょう。今日のビラでは3つのポイントをあげて書いてみましたが、では皆さんはこれから具体的にどのようにしていけばいいのでしょうか。
 その一つ目は言ってる感だけの岸田首相に断乎抗議しましょう!あやまちは繰り返しませんというのならば、核兵器禁止条約に後ろ向きの態度を取り、改憲を言う岸田首相に抗議しなければなりません。 
 二つ目は原爆犠牲者というような大きな言葉で死者に向き合うことはやめることです。繰り返しますが、原爆で死亡した人たちには一人ひとり顔があり名前がありました。死んだ者の顔を思い出し、名前を呼ぶ、そして歳を数える。それが死者に向き合うことではないでしょうか。そこをうやむやにしたところで死者に向き合って何の意味があるのでしょうか。      

 三つ目はそもそもなぜ広島に原爆が投下されたのかについて問うことでしょう。先にお伝えしたように今も岩国基地や呉基地がある広島は、近代以降一貫して軍事拠点です。日清戦争の時には大本営が置かれて臨時の首都にもなった軍都そのものでした。

 このように広島の歴史をたどってみるなら原爆投下がたまたま偶然によるものではないことは明らかです。戦後、日本政府は広島・長崎を強調しながらアメリカの核兵器を黙認してきました。

 今回のロシアとウクライナの戦争で核兵器の使用がいまだかつてないほどに緊張が高まっています。自分たちのことは棚上げしてロシアを非難することは、来年の広島でのG7サミットの開催は国際平和都市広島の本性・実態を現わした行事だといえるのではないでしょうか。

今日のビラはここまでです。それではこの次にお会いする時まで健やかな毎日をお過ごし下さい。
 

 

2022年4月17日日曜日

戦争とロシアのプロパガンダについてのウクライナのアナーキストに対するインタビュー('Interview with a Ukrainian anarchist about the war and Russian propaganda' .Translated in Japanese from the Website Aftoleksi)

以下のギリシャ語によるアナーキストのサイトに掲載された英文記事を訳出した。

'Interview with a Ukrainian anarchist about the war and Russian propaganda', https://www.aftoleksi.gr/2022/04/11/interview-with-an-ukranian-anarchist-on-war-and-propaganda/

[]内は、訳者による補足説明

2022年4月公表

Aftoleksi:本サイトでは、ポーランドの161グループのメンバーが連帯行動に対して実施したインタビューを以前ギリシア語で公表した。これ続き、今回、アフトレクシの編集チームは、キエフ在住のアナーキストにインタビューを実施した。このインタビューでは、クレムリンを支持する勢力によって侵略を正当化するために使われているいくつかの神話に焦点を当てた。 

まず自己紹介してくれませんか。どこに住んでいるのか、それから、あなたの政治的な活動や考えについて。 

どうも、デニスと呼んでください。キエフのアナーキストで、2007年からアナーキストでアクティヴィストです。そのときから、直接行動学生組合やキエフのアナーキスト・ブラック・クロスなど、いくつかの行動や組織に参加しています。今は、戦争報道を支援しています。実際に何が起きているのかを、世界中の同志たちに知ってもらえるからです。

ウクライナと東部地域のアナーキストやアウトノーメの運動は今はどうなっていますか。 

ウクライナのアナーキズム運動は2008年から2013年までの時期に急速に成長しましたが、マイダン革命の時期に、いろいろな問題に直面しました。マイダン革命は、肯定的な側面と否定的な側面という両面があります。あれは、一方で、政府内部に蔓延していた膨大な汚職と警察による暴力に対する抗議でした。しかしもう一方では、革命では資本主義が一切批判されず、しかも、極右の諸グループが革命を自分たちのために利用した結果、それ以前よりも彼らが支持を得るようになりました。このような革命に、どのように接近し、参加するとすれば、どういった参加をするのか、という問題について多くの議論がありました。ドンバスで戦争が始まると、アナーキズム運動の中で、戦争と帝国主義をめぐる論争がそれまで以上に激しさを増し、その結果、ほとんどすべての組織は、分裂するか、活動が低調になりました。

この2年間でアナーキズム運動は復活し始めています。しかし、現在の戦争によってすべてが一変しました。ロシアの侵攻に対する反帝国主義闘争を支援することを決意したアナーキストたちの一部は武装し、一部はほかの方法での支援に関わるようになりました。例えば、同志たちに軍装品を購入したり、難民を支援したり、人道支援物資を配布したり、といった活動です。私たちの同志の一人イゴール・ヴォロコフは(左の写真を参照)、武器を手にして自分が住む町であるハルキフを防衛する活動に加わりましたが、戦死しています。
ハルキフは東部の都市で、ロシア語話者が住民の多数を占めますが、ドンバスではありません。アナーキストたちはハリキフで極めて活発に活動していましたが、数としてはそれほど多くはありませんでした。 

現在のウクライナ政府と、ウクライナで活動するファシストの運動について教えてもらえませんか。政府内部と戦争で、ファシストはどのような役割を担っているのですか。 

ファシズム運動はマイダン革命以前は、一定の支持を獲得し、その後、さらに支持を拡大しましたが、ウクライナ全土にその影響力を行使できませんでした。その後、彼らに対する支持は年々低下していきました。

最後の選挙で極右政党は議会でたった1議席しか獲得することができず、2-3の都市で市長を選出することしかできませんでした。内務大臣のアルセン・アヴァコフは、極右グループが支持し、政治的に利用しましたが、アヴァコフは半年前に汚職と警察での暴力事件を理由に失職しています。街頭で行動するファシストたちはいくつかの異なるグループに分裂し、相互に対立しています。ファシストは、左翼やフェミニスト、LGBTQ+のイヴェントを時折襲撃していますが、2014年以来、彼らに対する支持は決定的に低下しています。

このテーマをもう少し広げて、アゾフ連隊とウクライナ政府との公式の関わりについて聞きたいのですが。

アゾフは独自の宣伝機関を持ち、そのおかげで、愛国主義にもとづきウクライナを防衛している、ナショナリストであるがナチスではない、という自己のイメージを描くことにかなり成功してきました。彼らのナチズムに対する批判は、ロシアのプロパガンダとして退けられています。そのため、ウクライナ人の多くは、アゾフをナチスとは思っていません。多分政府は、彼らを解散させることで、国民世論から何か批判されると考えていると思います。しかも、かつて政府内には、アゾフのロビイストたちがいたのです。しかし数年前、彼らは皆失職しています。しかもこの8年間でドンバスの戦争で事態が進展し、戦闘が継続する中で、有力な戦闘部隊を解散することが難しくなりました。現在、アゾフは約1000名程度ですが、ウクライナ軍は30万以上の兵力です[軍事組織としては極めて少数であるということであろう]。

加えて、ロシアには、「ルーシチ」という独自のナチ戦闘部隊がいます。・・・彼らはロシア政府から公式には認められていませんが、ドネツク人民共和国の兵力の一部です。彼らはスラヴのハーケンクロイツを使用し、ロシア政府から重火器を支給されています(左:ロシアのネオナチ部隊ルーシチのシンボルマーク)。

現在、プーチン支持者のプロパガンダの中では、侵攻の主たる理由がロシア語話者を「保護」することにあるとされていますが、この主張はどこまでが真実なのでしょうか。そのようなエスニック・マイノリティが存在するということはできますか。

それは不正確です。というのも、ウクライナ人のほとんどはバイリンガルだからです。ロシア語もウクライナ語も話せるのです。ロシアは常にウクライナでロシア語を第二言語にさせようとしてきましたが、ウクライナ人はこれに対してずっと抵抗してきました。2014年から、ウクライナではロシア語使用に対するいくつかの規制が始まりました。ウクライナへのロシア語書籍の輸入規制、ラジオで放送される歌の4分の一をウクライナ語の歌にすること、そして、政府官僚は執務中ウクライナ語だけを使う、といった規制で、この官僚と同じ規則が商店の店員にも適応されました。この政策を政府は「柔らかなウクライナ化」と呼びました。このような規制に対する不平が一部から起きましたが、戦争を始める理由になるようなものではありません。現在、ロシア軍による爆撃がおこなわれているのはロシア語話者が多数住む諸都市であり、戦争による被害をもっとも受けています。「ロシア語話者を保護する」ための侵攻を通じて、プーチンは、ウクライナ語話者を殺害するよりもロシア語話者のほうを迅速に殺害しているわけです・・・・

全体としていえることは、まず、ウクライナに住むロシア系住民はウクライナのパスポートを所持している、そして彼らの多くが流ちょうなウクライナ語を話すということ、そして外見からもウクライナ人と見分けがつかない、ということです。したがって、誰がロシア系で誰がウクライナ系であるか、ということは、本人に聞いてみないとわからないのです。多くの人々の出自は、片親がロシア人、片親がウクライナ人といった、複雑なものです。私はそういった人たちに対する差別というものをキエフで目撃したことはありません。見たとすれば、ナショナリストによるインターネット上での書き込みぐらいです。

ロシアはドンバス地域で「民族浄化」と「ジェノサイド」が起きたとずっと主張してきていますが、この主張は信頼できるものなのでしょうか。これは、プーチンの侵略を支持する人々による主張の中でも主要なもののひとつです。アナーキズム運動に加わっている人たちから、この主張についてコメントをもらえれば、とおもいます。

 ドンバスでの戦争では、極めて激しい砲撃がありました。対峙する両軍ともに敵の陣地を破壊するために多数の火砲を使用しました。都市の内部で戦闘が始まると、砲撃が一般の住宅を破壊し、市民を殺害しました。しかし、この破壊は、現在、ロシア軍が都市の8割の建物を破壊しているマリウポルで起きているような、計画されたものではありませんでした。また、政治的な弾圧もありませんでした。ドネツクとルハンスカ「人民共和国」の独立ために実施された住民投票に参加し、ウクライナ警察に逮捕されたほとんどの人は、法に基づけば3年から15年の実刑になるところが、保護観察処分になっています。

ここでデニスの同志の一人が次のように語った。そのような主張に対しては、3つの点から反論できます。一つ目は、「民族浄化」と「ジェノサイド」という言葉の定義を念頭に置いた上で、どのエスニック・グループが被害を受け、どれぐらいの人々がどのようにして「浄化」されたのかという点です。これは事実によって明らかです[そのようなことはなかった、という見解であろう]。2点目は、2014年から2022年2月24日までの死者数と(どれぐらいの市民が占領地域で死亡し、どれぐらいのウクライナ人兵士が「沈黙の部隊」であるにもかかわらず死亡しているか[この箇所は、ドンバスなどでの8年間の死者数に言及していると思われる])、今月[2022年3月]の死亡数の比較をすることで、明らかになる事実です[8年間の死者の数は、現在の戦争での1ヶ月ほどの死者数に比べれば極めてわずかである、と言いたいのであろう]。3点目は、誰を信じるのか、という問題です。草の根の活動家と革命的な人々を信じるのか、ロシアの特殊部隊(ロシア連邦保安庁=FSBのことですが)やロシアの官僚や政治家を信じるのか、ということです[「民族浄化」「ジェノサイド]といったウクライナに対する批判はすべてロシア側から行われているが、それは信用できない、ということであろう]。

いわゆるドンバスの「人民共和国」の分離独立派について教えてくれませんか。彼らについてはどのようにお考えでしょうか。彼らはロシア領になることを目指しているだけでしょうか。「人民共和国」を代表する政治的なシステムとは何でしょうか。ウクライナのアナーキズム的な運動は、これらの共和国を支持しているのでしょうか。ヨーロッパの権威主義的左翼は、右翼的傾向を持つ諸勢力と同様に、同地域について多数の宣伝を行っています。しかし私たちが現地の人々から聞いてきたのはそれとは違う話です。

ドンバスはウクライナにおける炭鉱地帯で、ドネツクとルハンスク(ルガンスク)という二つの州から構成されています。1991年にウクライナがソ連からの独立を行うための住民投票を実施したときに、ドンバスとクリミアの住民を含め、多数の人々が独立に賛成票を投じました。しかしながら、これらの地域は、主たる資源である石炭の枯渇によって、経済的停滞に直面することになります。他方、これらの地域は依然として、ウクライナにおけるもっとも人口が集中した地域の一つであり続けました。政治家たちは、これを自分たちの権力のために利用しました。彼らはこの不満を持つ住民たちから票を獲得するために、キエフの権力者たちが彼らから資源を盗み、ウクライナ西部に住むナショナリストたちは、彼ら東部の住民を憎悪している、という話を広めたのです。

 このようなプロパガンダの結果、マイダン革命以降、分離主義的な傾向が高まりました。同地での軍事的な紛争は、ロシア国家保安庁のメンバーだった連中と、イゴール・ストレルコフ(もしくはグリキン)(左写真を参照:一番右側に立つ人物。彼が組織した「ロシア正教軍」のメンバーとともに)によって引き起こされました。ストレルコフは、武装民兵グループを組織し、ドンバスの町スロヴァイアンスクを掌握しました。その後、地域の分離主義者とロシア人市民からなる同様のグループが複数結成され、2014年9月、ロシアの常備軍が攻撃を開始し、ウクライナ軍を撤退させました。2016年にミンスク合意が採択され、数年間の停戦を実現させることで、ようやく双方の憎悪が収まっていきました。

しかし、二つの自称「人民共和国」は、独立していたとはいえない状態でした。ミンスク合意に不服を示さなかった分離派の指導者たちは、奇妙な状況で殺害されていきました。その多くが、FSB(ロシア連邦保安庁)によるものだったと思います。これら自称「共和国」は繰り返し、ロシアへの編入をロシアに対して打診していました。プーチンがこれら「共和国」を独立国家であると認めたのは、侵攻の二日前のことでした。これにより、プーチンは、二つの共和国を、ウクライナに対する統制のために利用としたいと考えていることがわかりました。彼は「共和国」に対して、ウクライナ政府による多数の決定に対して拒否権を行使することを要求していたからです。結局、ウクライナ政府が繰り返しロシアへの編入要求を拒否したことが開戦事由になったのですが。 

これら共和国を支持しているアナーキストは一人もいません。これら共和国は、ロシア軍によって直接統治され、表現の自由が認められず、ロシア・ナショナリズムとソヴィエトへのノスタルジアの入り交じったイデオロギーが掲げられています。他方、命が危険にさらされるため、ルハンスクとドネツクからウクライナへ逃げねばならないアナーキストたちがいました。現在、分離主義者による政府は、自らが統治する領域において、18-70歳(!)までのすべての男性に対して軍に加わるように求め、何ら適切な訓練を受けさせないまま、ロシアの職業軍人が戦うよりもさらに前線に投入し、そこからウクライナ軍に対して攻撃するように強制しています。ドンバスを守りたい、というその主張にもかかわらず、プーチンは、一部のドンバス住民をロシア軍による砲撃の餌食にしています。他方、ドンバスのウクライナが統治する地域では、数千の市民を殺しています。

2014年から21年まで、これら「共和国」に関しては、アナーキストたちの間では、全力でそれらの地域に平和をもたらす、あるいは、これらの地域の住民を、ロシアの帝国主義政策の道具と見なす、というふたつの見解があり、これらの地域に関してアナーキストたちの間で見られた唯一の違いでした。戦争が始まった後、二つ目の見解が正しいということが明らかになりました。結局、2016年以降の停戦は、より大規模な戦争の原因になったに過ぎなかったわけです。 

最近ウクライナで実施された、いくつかの政党に対する活動禁止措置についてはどう思いますか。

2015年に施行された「非共産化」法は、ソ連時代に共産党が使ったハンマーと鎌のシンボルの使用を禁じたものでした。その結果、ウクライナ共産党は、政党名とシンボルを変更しましたが、その活動は続いています。

全面戦争が始まって以来、ウクライナ政府は、親ロシア的活動を行うと考えられた10政党の活動を一時的に禁じました。その多くが、地方選挙で支持を得ることを目的とする極めて小さなグループであり、積極的に活動する人々によるものではありませんでした。このように一時的な活動停止処分を受けた政党のうち、ウクライナ社会党だけは、唯一実際に活動していた政党でした。ウクライナ社会党は、1991年から2004年まで影響力を持っていましたが、しかし次第に影響力と議席を失っていきました。しかもイリヤ・キーヴァという、うさんくさい政治家によって乗っ取られてしまいました。2014-15年の間、キーヴァは右派勢力に加わり、2016-2017年までは、警察の麻薬取り締まり部門のトップの座にいて、麻薬を使用した人々を厳罰に処すと主張していました。2017年、彼は突如、自らが社会主義者であると宣言し、それ以前、かつて一度たりとも加わっていなかった社会党の党首となりました。それ以降、ウクライナ社会党独自の政治活動がなくなり、党はキーヴァのいかがわしい政治活動の道具に成り下がったのです。

どうもありがとうございました。くれぐれも気をつけて。

ペーター・ノヴァク「”我々がいずれかの国家の側に立つ、などということはあり得ない”―ロシアとウクライナのアナーキストたち」(翻訳)Translated from Peter Nowak, '"Wir werden uns niemals auf die Seite eines Staattes stellen" Anarchist*innen in Russland und in der Ukraine'

 ペーター・ノヴァク「”我々がいずれかの国家の側に立つ、などということはあり得ない”―ロシアとウクライナのアナーキストたち」

アナーキズム運動内において、現在の戦争への態度は様々である。ペーター・ノヴァクは、この『草の根革命』紙に寄稿した記事の中で、そのなかのいくつかの見解を取り上げ、ロシアとウクライナのアナーキストたちのあいだで、部分的には対立する立場がある、という状況を明らかにしている。

 ロシアにおけるアナーキストたちにとってロシア軍の侵攻によって戦争がエスカレーションすることそのものは、驚くべきことでも何でもなかった。そもそも、政府に対するいかなる反対勢力も弾圧する、そのような抑圧的な資本主義体制に対して、ロシアのアナーキストたちは何年にもわたり戦ってきたのである。
 当然、アナーキストたちはこのような体制の中でもっとも弾圧を受けてきた。戦争開始とともに、弾圧はさらに厳しさを増した。これは、戦争に反対する旨のプラカードを掲げたという理由で逮捕されている人々の写真を見ればわかることである。もちろん、彼らの行動は偉大な市民的勇気から生まれたものである。
 ウクライナに対する侵攻後、法改正によりさらに厳罰化が進んだが、アナーキストによる様々なグループは抗議行動とデモを呼びかけた。
 モスクワのアナーキストのグループのなかで、長年にわたり活動してきたグループの一つ「フード・ノット・ボムズ」は、開戦と同時に、その宣言文の中で自身の見解を、次のように表明している。
 「我々が、どちらかの国家の側に立つ、などということはあり得ない、我々の旗の色は黒なのである。我々はいかなる国境に対しても、インチキ大統領連中に対しても敵対する。我々は戦争に反対し、市民の殺害に反対する」。この宣言文の中で彼らは、戦争開始とともにロシア国外に対して隠蔽されてしまった階級の分断についても言及している。「食事もできず住む場所もない人々がいる。それは資源が不足しているからではない、資源の配分が不公正だからである。だから、無数の豪邸を所有している連中がいる一方で、あばら屋にさえ住むことができない人々がいるのだ」。

ウクライナにおけるアナーキストたちの間の分断
 ウクライナでもアナーキズム運動は弾圧を受けてきた。しかしながら、ロシアやベラルーシほどではなかった。これらの国々で迫害を受けてきたアナーキズム的な思想を支持する人々は、ウクライナに逃れて亡命生活を送っている。加えて、アナーキズム的な傾向を持つ運動は、過去数年間で多様になってきた。
 Crimethincネットワークの分析によれば、すでに2014年には、マイダン抗議行動に際しての態度をめぐる議論が起きている。一部のアナーキストは、この行動に参加し、アナーキズム的な要素を付け加えようとしていたが、それに反対する人々もいた。抗議行動で活動的だった右翼の諸グループとともに抗議することを望まなかったからである。もちろん、抗議行動に参加した人々の中で、右翼は一握りの少数派に過ぎなかった。しかしながらこれに参加することを拒否したアナーキストたちは、マイダン事件にナショナリスティックな雰囲気があると考え、自分たちが、同じ場所でアジテーションを行うことは困難である、と判断したのである。

 このようにしてアナーキズム運動内部に生まれた分断は、それに続く数年間、修復されることはなかった。Crimethinkネットワークによれば、ロシアから来たアナーキストによる少人数のグループは、右翼たちの抗議行動に加わった。その理由は、彼らこそが、唯一の闘争の構造を発展させたからだ、というものであった。ウルトラ・ナショナリストの傾向がある右翼セクションは、2014年のマイダン事件の経過の中で形成され、国家機構と密接な関係を持ち、諸外国の極右勢力と連携した。
 他方、東ウクライナで活動するアナーキストによる少人数のグループもまた、いわゆる人民共和国に加わった。これはロシア国家に支援され、少なくとも当初は、東ウクライナ住民からも支持を得たものである。

「我々の住む街区の防衛の問題だ」
 ロシアの侵攻はウクライナのアナーキストにとっても転換点だった。それ以外の多くの人々と同様、3月初旬、ドイツに来たキエフの女性のアナーキストは、ベルリンのアウトノーメによる拠点で開催された集会で、ウクライナでは、今や問題は生きるか死ぬかであり、理論的な議論などしている場合ではない、と強調した。「我々は今、ウクライナに住む多くの人々とともに、私たちの住む町と街区を守らなければならないのだ」と彼女は強調し、さらに次のように述べた。国家の勝利のために献身することや、これ以上NATOを批判しない、といった立場をとることなどできない、と、このような先鋭化した戦争状態においてさえアナーキズム的な見解を持つ人々が強調するのであれば、それに対しては、次のように答えよう。そういった立場にウクライナのアナーキストは関心がないのだ、と。私たちにとって今重要なのは、侵略者に対して戦うことであり、彼らを撃退することなのである。ウクライナで徴兵忌避を広く呼びかける行動を支持する、という考え方に対しては、次のように反論しよう。実際には、ウクライナでは、多くの義勇兵が存在する、しかし、強制的にロシア軍との戦いに送り込まれる人などいてはならない、と。ただし、現実には、戦闘に向かわせるために、18歳以上の男性がウクライナから出国することがウクライナ政府によって禁じられている、という問題もある。
 ウクライナ危機に関しては、他の左翼運動内部での議論でも、侵略者に対する非暴力の抵抗という考え方は議論の対象になっていない。ウクライナのジャーナリストのアナスタシア・ティホミローヴァは、ドイツの雑誌『ジャングル・ワールド』に次のように書いている。シュトゥットゥガルトの左派運動「解放と平和」はインタビューの中で、ロシア軍がウクライナに砲撃を行っているときに「平和主義的なアドヴァイス」を行うことに反対の意を表明し、むしろ、NATOによる攻撃を支持した、と。ここからわかるのは、反権威主義的な左派の間でも、非暴力が、侵略者に対する無防備と降伏のことだ、と勘違いされている、という状況である。この問題を考える上で注目すべきは、ロシア軍に占領された都市の住民たちが、戦車の前で抗議行動を行い、戦車を取り囲み、一時的に中心部から撤退させた、といった、ここ数日の間に起きた出来事であろう。

*ドイツのアナーキズム紙『草の根革命』2022年4月(468)号、8頁掲載の記事より訳出。Translated from Peter Nowak, '"Wir werden uns niemals auf die Seite eines Staattes stellen" Anarchist*innen in Russland und in der Ukraine', in: Graswurzelrevolution, April 2022/ Nr.468, S.8.

2022年4月15日金曜日

中之島水上メーデー(2022年5月1日)について 日本列島メーデー史上初!? 

 大変お忙しいところ、ちょっと失礼しますね。どうぞそのままで。今年のメーデーのことでちょっとお話をさせてくださいね。わたしたち、ええそうです。いつも黒い旗を振り回しては騒々しいことばかり言ってるあの辺の者たちですが、実はこれにはいろいろと深いわけと事情があって、もう何と言っていいのか…。

 
 もう 2 年になりますが、わたしたちは一昨年と去年のメーデーで新型コロナの感染拡大でどうして医療が受けられないのかと討論会をしました。だってそうでしょう。身体の具合が悪いのに病院に行けないんですよ。そこでよく調べたら大阪市には保健所が一ヶ所しかないことがわかりました。そりゃムリですよ。何を思ってか雨がっぱいっぱい集めてるし…。
 
 さらに議論を深めたらそもそも感染症に対しては 19 世紀から机の下でお互いの足を蹴りながらでも国際的に対応することが確立されたこともわかりました。ウイルスや細菌に国境はありませんから。それな のに新型コロナの感染拡大が医学の問題ではなく政治やイデオロギーの問題にされ、医療従事者やコメンテーターがネットでバッシングを浴びたりカッターナイフが送りつけられることまで起きました。
 これは 19 世紀から積み重ねてきた国際的な感染症対策の枠組みが崩れたことを意味しているのではないでしょうか。

 そう考えたらロシアによるウクライナ侵攻もそうです。現代の国際的な政治体制が 19 世紀、本当は 15 世紀からですが、 1945 年の第二次世界大戦の終結とその『反省』のもとに成り立っている、国際連合ってそういうことですよね。その国連が全然動かない。国連の中心のアメリカとロシアが対立している状態ですから。
 
 先日、テレビである学者が「東西冷戦の時代が牧歌的にみえる」とコメントしてましたが、本当にそう思いますね。東西冷戦の頃、米英仏ソの首脳陣の集合写真でイギリスとフランスの首脳は和やかに談笑しているのにアメリカとソ連の首脳はどっちもフン!とそっぽ向いてたり、核戦争 5 秒前とか言ってはアメリカもソ連も核ミサイルの発射ボタンを押しまちがえては慌てて止める毎日でしたが、今回の戦争では原子力発電所に攻撃です。何でこんなことになるのでしょうか。
 
 戦争は人 殺しです。人ひとり殺せば殺人者ですが、『敵』と呼ぶ者を 100 人殺せば英雄です。こんなことは絶対まちがっています!わたしたちは人が生きることに対して心からの敬意と祝福を表してきました。生きることは良い!生きることに罪はない!わたしたちに戦争はいらない!わたしたちはここから 1 ミリたりとも動きません!このことを高く掲げた梵天のぼりは旗幟鮮明です!
 
 わたしたちはこれまで、多くの人々が、それはもう若者からおじいさん、おばあさんまで、ただ生きたい、それだけのことなのに、何も大きな自動車に乗りたいとか、タワマンに住みた いとか言ってるわけでもないのに、それさえも許されず貶められた人々や、仕事や家を失って這々の体で公園の隅にテントを張ったり、駅や商店街の隅で細々と生きることも許されず追い出された野宿者たちもみてきました。
 
 今、わたしたちの炊き出し活動に 82 、 3 のおじいさんが来ていますが、何で年金受給しているおじいさんがこんなことになっているのでしょうか。わたしたちから毎月むしり取っている社会保険料、消費税もそうですが、これらのお金はどこに行ってるのですか。ちゃんと使われているならこのおじいさんが野宿生活にならないでしょう。
 
 と言 うか、何でわたしたちからむしり取った年金運用でアメリカの軍事産業の株を買っているのでしょうか。これが国会で大して問題にならないんですよ!おかしいじゃないですか!国会議員は何をやっているんですか!

 這々の体と言うのなら若者たちもそうですよね。何十社、どうかすれば百社以上も就職活動をしなければならない。授業料を払うためにバイトに追われて勉強どころではないってどういうことですか!ちょっと待て!やっぱり何かまちがってますよ!なんで、こんなことになっているんですか!
 
 お忙しいところ、たいへん失礼しました。そ んなわけでわたしたちは 5 月 1 日のメーデーには大川にゴムボートを漕ぎ出して『中之島水上メーデー』をします! 93 回のメーデーで史上初の試みです たぶん 。生まれてきてよかった!生きててよかった!生きることに罪はない!すべての人の生に敬意と祝福を!
 戦争をする金があるならメシを食わせろ!
 見えますか。今夜は月がきれいですよ。