2021年7月11日日曜日

今年の広島集会は中止します This Year's August 6th Anarchist Gathering in Hiroshima is cancelled

広島集会2021中止のお知らせ
 先日、広島集会実行委員会のメンバーの間で話しあった結果 、去年に引き続き、今年の広島集会も中止することになりました。
 同時に、来年の集会に向けて、1年がかりで準備をしていくことについて合意しました。今年の集会でも、敗戦直後の広島市内で、バラックを建て、生きていこうとした人々に焦点を当てる企画を考えていました。これから、来年に向けて、このテーマについて、さらに検討していきます。その参考書として、昨年に引き続き、西井麻里奈『広島 復興の戦後史-廃墟からの「声」と都市』(人文書院、2020年)を挙げておきます。

 なお、今年、2019年の広島集会の記録を作成し、関係者に配布しました。新宿のIrregular Rhythm Asylumに数部おいてありますが、もし、送付ご希望の方がいらっしゃれば、ご連絡ください。連絡先:joh.most@gmail.com

 来年こそ、8月6日は、広島でお目にかかりましょう。  


 






2021年5月15日土曜日

CNT-AITフランスの活動家有志による声明「グローバルな内戦に対抗するために、世界中で社会革命が必要だ!」(Against the global civil war, we need a social revolution in the world! by Some activists of CNT-AIT France)

原文掲載日:2021年5月13日

原文:http://cnt-ait.info/2021/05/13/civil-war/
著者:CNT-AITフランス

2021年5月12日、ガザの民間人が残虐な軍事攻撃を受けた。イスラエルでは耐え難いほどのリンチ殺人も行われており、私達はその光景を目の当たりにしている。

権力による人間性に対する犯罪によって民間人・女性・子供たちが虐殺されるのは、これが歴史上初めてではないし、ガザが世界で唯一の場所というわけでもない。現在起こっていることの例を挙げよう:

・公式の統計(FAO、国連食糧農業機関)によれば、世界で毎日2万5千人が餓死しており、その内1万人は子供たちである!
・コロンビアでは、4月28日以来、軍・警察・民兵団が社会的不公正に対して叛乱を起こしている人々を暗殺し、何の罰も受けていない。
・あらゆる「民主的国家」が見捨てたシリア北部のロジャヴァで、革命家達が、トルコ軍と大量殺戮を繰り返すイスラム原理主義者とに単独で立ち向かっている。
・イエメン、新疆ウイグル自治区、ビルマ、シリア、ベネズエラで、何百万もの民衆が強制退去させられたり、拷問されたり、虐殺されたりしているが、ほとんど知られていない。

こうした蛮行全てを永続させているのが国家と政治家である。国家も政治家も私達の苦しみから利益を得ている資本主義システムを支持しているのである。

ガザ地方で爆撃を受けた被害者との連帯を表明する大規模な運動は、権力が利用するあらゆるイデオロギー、つまりナショナリズムと宗教こそがこの殺人論理の支柱になっていることを忘れてはならない。この論理が人々を互いに殺しあうようにさせ、世界の指導者に利益をもたらしているのである。

香港からスーダンやアルジェリア、チリからフランスのイエローベストまで、民衆叛乱は世界を揺るがし、殺人的社会システムに対する世界規模の闘争に拡大している。現在のガザ住民との連帯は、こうした全ての民衆叛乱と共にあると表明すべきである。そうすることで、我々の連帯はより強く、より手ごわいものになるだろう。

ガザでも他の場所でも虐殺を防ぐことは、国や国境のない世界を求めて戦うことである。だからこそ、戦争に反対し、IDF(イスラエル国防軍)の制服着用を拒否しているイスラエルの友人に私達は敬意を表する。私達は、腐りきった国家に対して見事な闘争を主導しているコロンビアの同志達に敬意を表する。私達は、大量虐殺という蛮行と戦っているロジャヴァの友人達に敬意を表する。そして、もっと広く言えば、様々な場所で、いかなる譲歩もせずに平和と自由を擁護し、友愛を持って集まり、国境を超えて団結している人々皆に敬意を表するのである。

あらゆる軍隊を打倒しよう、あらゆる国家を打倒しよう!
ボゴタでもガザでも、権力は変わらない、闘争も変わらない
権力は人殺しだ!

CNT-AITフランスの活動家有志

Against the global civil war, we need a social revolution in the world!

http://cnt-ait.info/2021/05/13/civil-war/

Since May 12, 2021 the civilian population in Gaza has undergoing an
atrocious military aggression. We have seen also in Israel unbearable
lynching scenes.

It is neither the first time in History nor to the only place in the
world, that civilians, women and children, are slaughtered by a Power
guilty of crime against humanity. Right now for instance :

     According to official figures (FAO) 25,000 people, including 10,000
children, are dying of starvation each day!
     In Colombia, since April 28, the army, the police and paramilitary
bands assassinate impunity the people who revolts against social
injustice.
     In Rojava, the revolutionaries of North Syria, abandoned by all the
≪ democratic States ≫, go up alone against the Turkish army and the
genocidal Islamists.
     In Yemen, Xinjiang, Burma, Syria or Venezuela, populations are
displaced by millions, tortured or even slaughtered in almost general
indifference.

All these acts of barbarism are perpetrated by States and politicians
who support a capitalist system that is making its profit from our
sufferings.

The vast solidarity movement manifested with the victims of bombing in
the Gaza region should not forget that all the ideologies used by power,
namely nationalism and religions, are precisely the pillars of this
murderer logic, which pushes people to kill each others for the benefit
of the leaders of this world.

The current solidarity with the inhabitants of Gaza must register
alongside all the popular revolts that shake the planet, from Hong Kong
to Sudan or Algeria, from Chile to the yellow vests in France, and which
extend in a vast global struggle against a murderous social system. By
doing so, our solidarity will only be stronger and more formidable.

To prevent massacres in Gaza as elsewhere is to fight for a world
without country or borders. That is why we also salute our Israeli
friends who oppose the war and refuse to bring the uniform of IDF, we
salute our Colombian companions who lead an admirable struggle against
their corrupted state; We salute our friends in Rojava who fight against
genocidal barbarism, and more generaly we salute all those who,
everywhere, by defending without concession Peace and Freedom, meet
fraternally united across the borders.

Down with all armies, down with all states!

In Bogota or Gaza: same Power, same fight
POWER = MURDERER !


Some activists of CNT-AIT France


2021年4月29日木曜日

「メーデーさりげなく」5★1メーデーに断乎決起せよ(告知・転載)デモ・集会@大坂のお知らせ

5★1メーデーに断乎決起せよ

戦争反対 人民の生活を守れ
プロレタリア国際連帯を勝ち取れ

みなさん、こんにちは。私たちは、その辺にいたわきまえない人たちです。新型コロナの感染拡大がとまりません。政府や大阪府、大阪市の悪政のため多くの人たちが生活を圧迫されています。こんな理不尽を許すな! 共にメーデーを斗いましょう。私たちもガンバルぞ! すべての人民にヤッホー!

メーデーさりげなく
2021年5月1日(土) 西梅田公園
17時30分~集会、19時20分~デモ
主催 その辺のわきまえない人たち

(連絡先)大阪市中央区内淡路町1-3-11 シティコープ上町402号
     090-6677-8602、市民共同オフィスSORA 自由労働者連合

主催:その辺にいたわきまえない人たち
集会&デモ:メーデーさりげなく

自由労働者連合のブログより転載


 

2021年3月5日金曜日

告知:『広島復興の戦後史-廃墟からの「声」と都市』を読む会(修正)

 大阪の自由労働者連合からの告知です。
ところで、かつて、広島集会でのデモで、この大阪の団体メンバーの一人が、広島の平和記念式典に抗議して「死者を束ねるな!」「一人ひとりの顔を思い出せ!」と叫んでいましたが、それと全く同じことを、約100年前のイギリスで言った人に関するエピソードが、ルース・キンナ著、米山祐子訳『アナキズムの歴史-支配に抗する思想と運動』(河出書房新社、2020年)の冒頭に出てきます。大阪、広島、そしてイギリスがつながりました(?!)。
というわけで、今年の広島集会に向けて学習会です。大阪近辺の方は、ぜひ、西井麻里奈著『広島復興の戦後史』を持って(持たなくても)、以下の会合にご参加ください。

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かつて広島の爆心地に「原爆スラム」と呼ばれ、人々から蔑まれ、追い出され、市民の記憶からも忘れさられた土地がありました。原爆ですべてを奪われながらも生き延びた被爆者がその土地でバラックを建て、被爆者間の格差や矛盾など様々な「痛み」を持って身を寄せ合い、重度の被爆やその後の原爆症で苦しみながらも助け合って生きぬき、やがて「戦後復興」の中でとり残されます。そして、いつまでも原爆の記憶を引き摺る「不法占拠者」として、いち早く生活を再建したその他の広島市民からは忌み嫌われ、石を投げられ、行政からは追い出しの圧力をかけられます。「戦後復興と平和都市建設」の名のもとに街は強制撤去され、その土地の上に広島平和記念公園と旧広島市民球場が建設されました。
「原爆スラム」の被爆者を踏みつけ、追い出した上で建設した広島市民球場で広島市民は熱狂し、広島平和記念公園には8・6ヒロシマを軸に世界中から多くの人々が訪ねてきて、被爆者や遺族、修学旅行、平和学習、政府要人や右翼、反戦反核活動家など様々な動機と思いの下に平和を祈念し、平和を考え、平和を誓います。
広島の爆心地で戦後復興と平和都市の名の下に何がおこなわれたのか、を探り知ることは、侵略戦争と戦争責任、格差と貧困、震災復興や福島原発事故、コロナ禍における様々な不公正など現在の私たちが絶えず問われ続けていることへと繋がっているものと考えます。
「原爆スラム」の記憶と記録を掘り起こし、丹念な調査研究を積み重ねてこられた西井麻里奈さん(大阪大学文学研究科助教)の渾身作『広島復興の戦後史-廃墟からの「声」と都市』(人文書院/2020)を読みながら、かつての「原爆スラム」について約3ヶ月(計6回)に分けて学んでいきます。興味のある方は、御都合のあう回だけでも結構ですのでお気軽にご参加ください。
【日時】 第1回 2021年3月16日(火)13時~
第2回 2021年3月30日(火)13時~
【会場】 大淀コミュニティーセンター(←修正しました。お間違えないように)
資料代 500円
※資料やレジュメの準備の都合上、なるべく事前に連絡いただければと思います。
『広島復興の戦後史』を読む会
(連絡先) free_workers_federetion@riseup.net 

2020年9月21日月曜日

エマ・ゴールドマン「結婚」(1897年)より Emma Goldman on "Marriage" (1897)

 
  ”アナーキーを実現したいのであれば、わたしたちはまず、最低限、自由な女性が必要だ。彼女たちは、男性と同様に、経済的に独立している必要がある。この自由な女性がいなくては、自由な母親も現れない。母親が自由でなければ、アナーキスト社会の建設というわたしたちの目的を支援してくれるような若い世代は現れないのである。”

エマ・ゴールドマン「結婚」『松明』1897年7月18日より(From Emma Goldman, Marriage’ [Essay in the Firebrand, New York, 18 July, 1897], in: Emma Goldman, A Documentary History of the American Years, Vol.1, Made for America, 1890-1901, eds. Candace Falk et al., University of California Press, pp.272-273.)

原文souce:Emma Goldman on Marriage, 1897, page 3

2020年8月4日火曜日

(再掲) 2018年8・6集会の資料2:なぜアナーキストは毎年8月6日に広島で開催される平和記念式典に対して抗議をするのか ( 広島無政府主義研究会のビラより一部を抜粋・改変)repost: Why the anarchists protest every year against the Hiroshima Peace Memorial Ceremony of the August 6 (extracted from a flyer of Hiroshima anarchist study group)

原爆投下を喜んだ人々と広島との関係 
 広島への原爆投下によって「これで戦争が終わる」と喜び、8月11日には「日本が降服した」と闇市情報までが飛び交ったのは、他でもないこの広島に拠点があり、1941年12月8日以降、陸軍第5師団によって侵略された、マレーシア(マライ)、シンガポールの人々でした。
 1946年に描かれた劉抗(リュウカン)さん『チョプス』(めこん出版 中原道子訳/解説)に第5師団が何をしたのかが描かれています。
 1941年12月8日未明、マレー半島の東側のコタ・バルに上陸した日本陸軍の最終目的地はシンガポールでした。1942年2月3日から開始されたシンガポール攻撃によってイギリス軍は降伏しました。
 この戦闘で日本軍が勝利する可能性も考慮したシンガポールの人々が行ったのは港や石油基地、ゴム農園の産業の破壊や通貨の焼却、そして、何よりも東アジア全域に供給できるほどあった酒類を破棄することでした。
 すでに中国や朝鮮などで日本軍は、虐殺や女性への強姦などで世界中を震撼させていました。このことを知っていた人々は、シンガポールでもそのような暴力が起きることに恐怖を感じました。
 そのために、日本軍に酒類を渡してはならないと考えたのです。マライ、シンガポール侵略は、第25軍司令官山下泰文の指揮によって展開しました。
 なお、後に山下は、フィリピンに転戦し、敗走することになりますが、1945年2月、フィリピンにあった山下の邸宅の倉庫には、スコッチウイスキーが山積みされており、下級兵士に持って逃げさせるためにドラム缶2本に流し込んでも、まだ残っていたほどでした。戦争の最中に、これだけの量のスコッチウイスキーをどこから持ってきたのでしょうか。

 1941年以降、当然、マライ、シンガポールでも拷問や虐殺、略奪、強姦などのありとあらゆる暴力が吹き荒れました。
 マレーシアやシンガポールに「ロームシャ」、「トナリグミ」、「キヲツケ」、「バカヤロ」、そして、「オンナ」という第5師団が持ち込んだ言葉が、そのままマレー語、あるいはインドネシア語として今でも使われています。中原道子さんによれば:

 ・・・日本では昔も今も当たり前となっているビンタですが、マライやシンガポールの人々にとって、人の顔をひっぱたくというのは粗暴であり無礼極まりない行為であり、こんなことは見たことも聞いたこともない行為だったのです。第5師団の兵士たちが人の顔をひっぱたき、平気でバスから立ちションベンをするくせに「服のボタンがちゃんとはまっていない、行儀作法は重んじられるべし!」と言って鼻を引っ張ってビンタをするというめちゃくちゃな日本人の行儀作法は戦争が終った後も記憶されました。

 このような軍隊を送り出した広島に原爆が投下されたのです。

 マライ、シンガポールの人々に暴行を加え、虐殺したのだから、その分我慢しろ!と言いたいわけではありません。
 しかし、なぜ広島に原爆が投下されなければならなかったのか、また、なぜ、マライ、シンガポールの人々が「これで戦争が終わる」と喜んだのか、ということについては、真摯かつ丁寧に考えなければならないでしょう。

広島平和記念式典の欺瞞性
 これに対して、毎年行われている「広島平和祈念式典」は、原爆が広島になぜ投下されなければならなかったのか、という、誰もが持っている疑問については、何も答えようとはしません。
 たとえば、「過ちは繰り返しません」の「過ち」とは一体だれがだれに対して行った「過ち」なのか?という疑問です。そして、現憲法の9条が、しばしば言われるように「戦争の反省」から生まれたものであるなら、その「戦争の反省」とは一体だれがだれに対して行う「反省」なのか?という疑問です。
 その一方で、ここ数年、そして今年も言われるであろう「戦争体験、被爆体験の風化」が懸念されながらも、現実には「戦争法」が成立し、「核兵器禁止条約」に背を向け、憲法改悪が着々と進んでいるではありませんか。
 一体、何に「過ち」を感じて「反省」して、何の「風化」を懸念しているのでしょうか。
 1985年、第二次世界大戦終結40年の式典で、当時のドイツ大統領ヴァイツゼッカーは、「 過去に目を閉ざす者は現在に対して盲目になる」という名言を発しました。
 では、私たちは、1945年8月6日の原爆投下という過去を、毎年どのように回想しているでしょうか。
 毎年8月6日、平和記念式典では、1945年8月6日の広島が想起され、全世界に向けて、「核と人類は共存できない」というメッセージが出され続けています。
 そのような「想起」を通じて「ヒロシマ」が「国際平和都市」であるということがアピールされてきました。
 それと同時に、私たちは、日本が戦争をしていないし、ある日、突然、原爆が落ちてくるような気配もない、そのような「平和な時代」として現在の日本をみてしまうことを毎年8月6日に繰り返しています。
  しかもこの「想起」は、明治以降、日清、日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、中国、アジア太平洋各地に出兵して行った1945年8月5日までの過去は想起しない、という身勝手な「想起」なのです。
 このような「想起」をすればするだけ、わたしたちは「現在」に対して「盲目」になってしまうのではないでしょうか。
 戦後のヒロシマが「平和都市」として全世界に核の恐ろしさを訴え続けた一方で、同時にそのヒロシマは、アメリカのABCC[原爆傷害調査委員会:Atomic Bomb Casualty Commissionの略称]が被爆者のデータをせっせと集めてはアメリカ本国に送るという米ソ冷戦構造の最前線でもあった、ということに、どれだけの人々が問題意識を持ってきたのでしょうか。
 そもそも、あの戦争屋の安倍首相が、「平和記念式典」に出席して、全世界に向けて「平和の尊さ」を高らかに宣言すること自体がすでに問題です。
 こうやってみてくると、「平和」とは「戦争がない」ということではなく、「一見するとあたかも平和な時代に見える今現在」「現に今ここにあるこの日常の平和な暮らし」の中に「戦争」がある、という状態のことをいっているだけだ、ということがわかってくるのです。
 こういったことに疑問を持たないばかりか、8時15分に黙祷をしたりダイインをしたりすることは、「死者の前では居住まいや襟を正すべき」という場合の「死者」であるところの原爆犠牲者をタテにしたごまかし以外の何ものでもありません。
 「平和」を祈ってやっているようなそういった行為は、実は、「平和」を祈っていると宣言しながら戦争を推進している、あの、戦争屋の安倍による欺瞞と何ら変わるところはないのです。

どうやって死者を追悼すればよいのか
 広島への原爆投下によって14万人が死んだわけですが、ここで問われなければならないことは、亡くなった一人一人にはきちんと顔と名前があったにも関わらず、それを単に「原爆犠牲者14万人」として一塊の数として束ねていることです。わたしたちはこのことにあまりにも無自覚になっているのではないでしょうか。
 原爆で死んだのは日本人だけではありません。日本に強制連行された中国人、朝鮮人もいましたし、アメリカ軍の捕虜もいました。その死は「原爆犠牲者14万人」として黙祷できるものですか。原爆で死んでしまったら、原爆を落とした側も落とされた側も同列にしていいものですか。
 こういった問題を忘れて、8時15分になればダイインや黙祷をするというのは、死者に対する冒涜ではないでしょうか。
 原爆犠牲者14万人の一人一人の顔を思い浮かべることも、名前を呼ぶことも、死んだ子の歳を数えることもできない、何よりも原爆犠牲者と今生きている自分との間にある断絶を、心底思い知らされることを抜きにして、一体どのような原爆犠牲者に対する向き合い方があると言うのでしょうか。
 紀貫之は、我が子の死に対する自身の断絶感を『土佐日記』に書きました。しかし、死んだ子がどうやっても生き返ってくることはない以上、忘れな草も忘れ貝も、そして、あけても暮れても書き綴る日記さえも、何のなぐさめにならないばかりか、ごまかしにしかならないと思い知りました。
 死者に向き合うとは、こういうことではないでしょうか。

2020年7月7日火曜日

今年の広島集会は中止します This Year's August 6th Anarchist Gathering in Hiroshima is cancelled

広島集会中止のお知らせ
 先日、広島集会実行委員会のメンバーの間で話しあった結果 、今年の広島集会は中止することになりました。同時に、来年の集会に向けて、1年がかりで準備をしていくことについて合意しました。今年、集会では、敗戦直後の広島市内で、バラックを建て、生きていこうとした人々に焦点を当てる予定でした。これから、来年に向けて、このテーマについて検討していきます。その参考書として、西井麻里奈『広島 復興の戦後史-廃墟からの「声」と都市』(人文書院、2020年)を挙げておきます。
  また、現在、以下のような写真を集め、バラックに住んでいた人々の生活 に関する文献、また、その人たちが、いつ、どこで、どのように立ち退かされたのか、ということについての情報も集めています。
 来年の8月6日は、広島でお目にかかりましょう。