2019年8月4日日曜日

ヒロシマと象徴天皇制~「癒やしと祈り」の国民統合について(広島集会に寄せて)

◆国民統合の象徴としての天皇制

  激戦地、被災地、福祉施設、国民体育大会、植樹祭、海づくり、国民文化祭、受勲、園遊会etc

  ありとあらゆる場に天皇制がはびこっている。特にアキヒトは「癒しと祈り」を行動指針として立て、それを繰り返しおこなって「国民に寄り添う天皇」を演出してきた。戦没者遺族、沖縄の民間人犠牲者遺族、被災者、施設に入所している障害者や高齢者など社会の周縁に置かれている人々に寄り添い、親しく語りかける天皇や皇后の姿を何百回と見せられてきた。マスコミが流す人々のコメントは「ありがたい」「感激した」「もったいないお言葉だ」などとアキヒトをヨイショし続ける。こうして「親しみを感じる天皇」像づくりに成功し、周縁に置かれた人々を再統合し続けている。

◆ヒロシマでの国民統合について

  8・6ヒロシマは平和祈念式典を軸に世界中の様々な反核反戦団体が競うように平和をアピールする平和の祭典の場と化する。軍都広島であることはほとんど語られず、現在も呉をかかえる軍都であることもこの日は語られることはない。原爆投下の8時15分には日本政府と被爆者や遺族、広島市民、反核反戦運動が一斉に黙祷する。侵略戦争を引き起こした日本政府が被爆者やアジア太平洋の民衆に謝罪したことがあるのか。むしろ逆行し、再び戦争を準備している政府と共に「祈る」とはどういうことか。「過ちは繰り返しません」という名のもとに「平和都市ヒロシマ」が世界中にアピールされるが、為政者はいつも「平和のために」戦争を起こしてきたし、これからもその詭弁を押し通すだろう。靖国神社が上からの国民統合であるとするならば、この8・6ヒロシマは下からの国民統合に他ならない。

◆あらゆる国民統合の装置を解体し、国家を打ち砕く闘いを
・国民統合の要石である天皇制のあらゆる権威や信仰を剥ぎ取るために、自明とされがちな「日本」「日本人」「日本国民」「天皇制」なるものと向き合い、これらを解体していく作業を。

・ヒロシマの平和幻想を解体していくために、①軍都広島や戦時動員の検証、②現在進行している米中露の核軍拡路線への対峙、③3・11後の反原発運動への対話、④復興の踏み台とされた「原爆スラム」の掘り起こし、⑤胎内被爆、被爆2世3世、外国人被爆者など置き去りにされた問題に関する学習などを提案したい。

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