2018年8月15日水曜日

戦争抵抗者インターナショナルによる「いくつかの原則に関する声明」(1925年)"Statesment of Principles" by the War Resisters's Internaitonal adopted at Hoddesdon Conference in 1925


参考:日本のWRI


(Devi Prasad, War is a Crime against Humanity, The Story of War Resisters' International, War Resisters' International, 2005, pp.99-100yより)


以下の声明は、1921年にオランダのビルトホーフェンで開催された最初の国際会議で採択され、1925年にイギリスのハジダンで開催された会議で修正されたものである。

戦争は人類に対する犯罪である。戦争は生命に対する犯罪であり、人間の個性を政治的および経済的目的のために利用する。

以上の理由から私たちは、強い人類愛に突き動かされ、戦争に対するいかなる支援もしないことを決意するものである。

この支援のなかには、陸海空のあらゆる軍隊に従軍する、という直接的なもの、武器・軍需物資の製造、あるいは、武器・軍需品とわかっていながらそれらの物資を何らかのかたちで取り扱うこと、軍事公債の購入、さらに、他者の自由を奪い従軍させる、そのようなことを、自らの職業上の業務として遂行するといった間接的なものも含まれる。およそ現代の戦争というものは、いかなる性格のものであれすべて「これは防衛的なものだ」と政府が言い立てるものでしかないことが想起されるべきである。したがって我々は、どのような性格のものであっても、あらゆる戦争に対して支援をしないことを決意するのである。

戦争は、以下の三つの要素から構成されているように思われる。
(a)国家を防衛するための戦争。私たちは、名目上は、国家に所属している。そして、そのような国家の中に私たちの故郷がある。そのため、国防という目的のために武器を取ることを拒絶することは困難である。それは以下の理由からである。
1.国家はあらゆる強制力を行使して私たちに武器を取らせる。
2.我々は生まれながらにして故郷に対する愛情を持っているため、この故郷に対する愛情と、故郷がその中にある国家に対する愛情というものとを、あたかも一体のものであるかのように思い込まされている。
(b)既存の社会秩序を守るための戦争。この戦争は、特権を持つほんのわずかな連中の安全を守るためのものでしかない。いうまでもなく、われわれは、このような戦争のためには決して武器を手にすることはない。
(c)抑圧されたプロレタリアートのための戦争。プロレタリアートの解放のためであれ、彼らの防衛のためであれ、この目的のために武器をとることを拒否することは、最も困難である。それは、以下の理由からである。
1.プロレタリアートによる政治体制、さらには革命の時期において大衆が政権に関与している場合、この新秩序を軍事力によって支援することを拒絶すれば、その人物は裏切り者と見なされてしまう。
2.困窮し抑圧されている人々に対する本能的な愛情を持っている人々は、彼らの側に立って暴力を行使する誘惑にかられる。

 しかしながら、我々は、秩序の保持、故郷の防衛、さらにプロレタリアートの解放に暴力が実際には何の役にもたたないと確信するものである。
 実際、秩序、安全、自由というものが、あらゆる戦争の中で跡形もなく消滅する、ということは、私たちが経験してきたことである。
 プロレタリアートは、そういった戦争から利益を得ることなど全くないばかりか、常に最大の被害を受けてきている。
 したがって、首尾一貫した平和主義者は、戦争に対して消極的であるだけという立場に甘んじることなく、戦争を引き起こすあらゆる原因を除去することの重要性を認識するとともに、そのために努力しなければならないと確信しているのである。

 我々は、戦争の原因を、利己主義や貪欲といった、あらゆる人間にそなわった本能にだけではなく、人間集団の間での憎悪や対立を作り出すあらゆる要素にあると考えている。そのような要素の中でも我々が今日、極めて重要と見なすのは、以下のものである。

1.人種の相違。これは、妬みや憎悪といった感情を人工的に強化することにつながる。
2.宗教の相違。これは、相互の不寛容と侮蔑の感情を増幅することにつながる。
3.階級の相違。豊かな者と貧しい者の間の相違は、内戦をもたらす。この状況は、現在の生産システムが存在し続け、私有財産が社会的な必要な資材よりも社会にとって重視し続けられる限り変わらない。
4.諸国民の相違。この相違を作り出す要因は、現在の生産システムによって生み出されている。この違いが、私たちが現在見ているように、世界戦争をもたらし、経済的な混乱をもたらしている。私たちは、全人類の福祉を目的とした世界経済体制の樹立によってこのような状況を阻止することができると確信している。
5.最後に、私たちは国家について広くいきわたっている誤解が戦争の原因として重要であると考えている。国家は人間のために存在するのであって、人間が国家のために存在するのではない。しかし一般には、人間が国家のためにあるなどと思われている。個性をもった個人の尊厳を承認することが、人間社会の基本的な原則でなければならない。さらに言えば、国家とは、絶対的かつ完璧な統一体などではない。すべての民族と同様、偉大なる人類という家族の一部であるに過ぎない。したがって我々は、首尾一貫した平和主義者として、単に武器を取らないという消極的な立場にとどまってはならない。我々は、階級を含めた人々の間にあるあらゆる障壁を廃絶し、相互扶助を基礎とする世界規模の団結を創造するために献身しなければならないのである。

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