2018年8月2日木曜日

2018年8・6集会資料3:1980年代の「象徴ヒロシマ」論。「なぜアナーキストは8月6日にヒロシマで集会を開くのか?」How the anarchist argued the reason "why anarchists' gathering which is held in 6th August in Hiroshima?": "Hiroshima" functions as the "Symbol" of the "Peace State Japan".

以下、ヒロシマ無政府主義研究会『8.6ヒロシマ無政府主義者全国集会実行委ニュース』(1985年6月)より一部抜粋・改変。
・・・われわれは1985年6月23日、広島にて、同志とともに、8・6集会への第一歩を踏み出した。第一回実行委において次のような質疑が集中して出された。 「なぜ8・6なのか」「なぜヒロシマなのか」「無政府主義運動とヒロシマとの接点とは」等々。これらを踏まえて総論的に述べて、無政府主義者の同志の多大の結集を呼びかけたいと思う。
 「ヒロシマ」というこの象徴形態は、戦後過程の総体を集約したものであり、「象徴天皇制」と双璧をなすものと言える。それは戦後過程が「平和」という共同幻想へと集約されてゆく過程と軌を一にして成立した。
 この過程において城内平和という機構が前面へと押し出され、階級関係として存在する機構そのものを抑圧、隠蔽し、矛盾存在を阻害する作用を制度的に貫徹し、既存秩序を徹底して固定化させる機能を果たしてきた。
 同時に、「象徴ヒロシマ」「象徴天皇制」は、単一民族幻想と被害者幻想とを楯とした、少数民族の抑圧を「正当化」させるものとして機能している。
 こうして成立した「城内平和」が、内部矛盾を抑圧・阻害する存在であるために、対外的には東アジアをはじめとする人民に対する収奪のイデオロギー的先兵の機能を果たしている。
 「象徴ヒロシマ」とは日帝が帝国主義としてその機能を稼働させる過程において「象徴天皇制」とともに必要不可欠のものなのである。
 こうして「象徴ヒロシマ」は、階級関係を捨象した「城内平和」と結合し、市民レベルの共同幻想へと昇華し、既存秩序・既存体制維持のシンボルとして存在している。
 われわれは、このようなイデオロギーとしての「象徴ヒロシマ」に対して、叛逆の刃を投げつけなければならない。「象徴ヒロシマ」の根底的な解体とともに、戦後過程をともに支えている共同幻想としての「象徴天皇制」の解体をも視野に収めねばならない。「象徴ヒロシマ」への闘いは、このような意味で、戦後過程における日帝解体の闘いへの端緒なのだ。
 すなわち、われわれは、「象徴ヒロシマ」を媒介として戦後過程を貫徹している「国家性原理」を撃つことを問題としている。われわれはこの前提の上に「8・6ヒロシマ、無政府主義者全国集会」を設定した。

以下、1985年8月6日に配布された街頭ビラ「8・6ヒロシマ 無政府主義者全国集会実行委員会」より(一部省略・改変)
・・・・ことしもまた「8.6ヒロシマ」がやってきました。そして原水禁・原水協・市民運動などで、世界大会や平和行進が行われています。「平和」を求め現状を維持し数万人の人々がそれに参加しています。そしてマスコミは、核の脅威にさらされた世界に対し、「平和国家・ニッポン」の姿!と報道します。
 ところで、この「平和国家・ニッポン」の現状は、真に豊かな、自然と人間が生き生きとしている場でしょうか。第三世界を搾取し、例えばわたしたちの友であるはずのアジアの人々の反日感情は、あなたの耳には届かず、届いていても心を動かされず、複合汚染によってズタズタにされた人々や自然の叫びは国家権力によってかき消され、日米安保条約によって、今は「西側世界防衛」のためならいつでも発動可能な軍事大国となり、そんな現実を突きつけられても、まるでスクリーンを眺めているかのような無感動な人々を作り上げ、子どもたちは「平和」の締め付けのために生きる場を失い、校内暴力やいじめで反乱を起こし、「長寿国ニッポン」はあと数年もすれば若死にが多発するのは目に見えています。一体この現状で平和で豊かな「国」なのでしょうか。
 この現状を隠し、「平和国家幻想」を演出しているのが、「8.6ヒロシマ原水禁運動」ではないでしょうか。平和行進で歩み、平和式典のセレモニーの中で原爆投下がいかなる状況の下に行われたのか、現実の平和がいかなるものか、という問いから免罪され安堵してしまう。この繰り返しは国家の暴走を許すほかに、何か意味があるでしょうか。
 私達は、国家に依存せず、権力を利用せず、「協力・共同・共生の未来社会の萌芽」を資本と国家に対抗する自治による生活諸関係として形成し、推し広げてゆくこと、そして何よりも大地と工場を生産者の自由にして、平等な連合の下に奪い返し、人が人間としての自由な存在となりうる状況を作り出すこと、つまり、自由な社会主義・共産主義=アナキズムを、突き出すことを考え、行動しなければなりません。
 今は完全に体制内化された「原水禁運動」は、真の課題を見失い、「核」対「人類」という架空の闘いに人々のエネルギーを霧散させています。
 おざなりな「8・6ヒロシマ」が真の反戦反核には結びつかないことを確認し、国際的な支配階級の同盟に対決する私達の国際的反戦反国家の闘いを創り出してゆきましょう。

以下、1985年8月6日「8・6ヒロシマ」無政府主義者全国集会のビラより一部抜粋・改変。
 ・・・・原爆投下がいかなる歴史の結末なのかを依然として問うことなく、今なお「被爆」の時点と視点からすべてが語られ、「核戦争が起きないことと直接戦争をしていない現状」を「平和」と規程し、この「平和=現状」を守ることを闘いの主眼とする原水禁運動は、日米軍事同盟の現実を隠蔽し、「平和国家幻想」を演出することはできても、台頭する「国家防衛」論と対決できる中味は持ち得ていない。・・・・

以下、よのすけ「イデオロギー装置としての「象徴ヒロシマ」」『広島無政府主義新報』第36号(1985年?)3-4頁(一部抜粋・改変)。
・・・「8・6」をめぐる位置づけの問題はこの間一貫してあったわけであるが、やはり一番多かったのが「8・6」とアナキストとの関連および意味づけである。
 「ヒロシマ」は、さまざまな矛盾存在(在日朝鮮人被爆者の存在、朝鮮人民・中国人民の強制連行―強制労働)を「平和」というイデオロギーによって隠蔽し、人民自らの対自化による総括を妨げる結果を招く、現体制の抽象度の高いイデオロギー装置として機能している。
 そのことが再度の海外侵略を許容し、帝国主義国家としての「日本」を成長させる原動力となっている。それらは戦後過程における「象徴天皇制」のもとでの民主主義、単一民族幻想等と双璧をなし、・・・
 支配体制にとって民主主義を利用していくかファシズムを利用していくかということはたいした問題ではなく、ようはいかにして人民を「国家」の意図に従属させていくかが重要な問題なのである。その意味において戦後過程の「国家」が採択したのが、「象徴ヒロシマ」であり「象徴天皇制」であった。
 「象徴ヒロシマ」を撃つ、ということは、倒錯した人民の意識形態の相互批判を行うことであり、その中でとりあえずは戦後過程における「国家」を対自化する作業を貫徹してゆくことである。
 この作業をアナキストとして意識的に遂行することをもって「8・6」の意味を再度広く投げかけるとともに、戦後過程における「日本国家」そのものを解体する視座を共有する道を探ろうとするものである。
 これは何も「8・6」からすべて始まるということではなく、現象的に最も矛盾が露呈している部分を撃つことによって共有化していく一つのとっかかりにすぎないことは言うまでもない。
 脱イデオロギーを装ったところの極めてイデオロギー色の濃い問題である「8・6」を「象徴天皇制」「靖国」「北方領土」等と同様の問題として考えるべきであり、「国家」の共同幻想の一環としてあるということを申し上げたい。

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